会社法改正の動向について~従業員等に対する株式の無償交付~
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会社法の改正について、今年の4月から、法制審議会(会社法制(株式・株主総会等関係)での審議が開始されています。既に、「二読」が始まっており、10月1日に開催された第6回目の会議では、株式の発行の在り方に関する論点の一つとして、従業員等に対する株式の無償交付制度について、検討がされました。
今回は、この従業員等に対する株式の無償交付制度について取り上げます。
【1】従業員等に対する株式の無償交付の意義
従業員等に対する株式の無償交付制度は、優秀な人材確保や従業員の自社に対する企業価値向上の意識を高める効果が期待できるとされており、人的資本の促進・拡大を通じた企業の中長期的な企業価値向上の観点から、重要な意義があるといわれています。
一方、従業員等に株式を無償交付した場合、一株当たりの価値が下落し、既存株主の利益が害される可能性があること(株式価値の希釈化の問題)や、過大な株式が無償交付されることへの懸念(大盤振る舞いの危険)も指摘されています。
【2】法制審議会での議論のポイント
1. 2つの枠組み
法制審議会では、既存株主の利益に配慮する観点から、次の2つの基本的な枠組みが提示され、これらをたたき台として議論がされています。
(A案) 上場会社においては、取締役会の決議のみで株式の無償交付を可能とした上で、有利発行規制に服するものとする案
(B案) 上場会社においては、株主総会の決議により株式の無償交付を可能とした上で、有利発行規制に服しないものとする案
A案を支持する意見においては、機動的に株式の無償交付をすることが可能となるのが望ましいことや無償交付の対価として、使用人等の労働意欲の向上という便益を得ることができるので原則として有利発行にはあたらないといった点が理由としてあげられています。A案は、株式の無償交付を可能とする取締役会の決議において、「募集株式の割当てに関する方針として法務省令で定める事項」を定めなければならず、かつ、当該方針の概要及び株式の無償交付に関する所定の実績を事業報告の内容に定めなければならないとしています。
これに対し、B案を支持する理由としては、株式の無償交付は株主が直接コストを負担するものであること、A案だと事後的に有利発行とされるリスクを抱えることになることなどがあげられています。B案は、株式の無償交付を可能とする株主総会の決議において、機動的な無償交付の観点から、普通決議により無償交付の対象者の範囲・株式数の上限等[1]を定めることができる(「枠決議」)としています。
2. 議論のポイント
法制審議会での主な議論のポイントは、以下のとおりです。
(1) 機動的な株式の無償交付が可能になるか
A案又はB案のどちらの案を支持するかの分岐点として、機動的な株式の無償交付が可能になるかという点に対する評価の違いがあることが指摘されています。
この点、B案は、決議の方法を工夫することで株主総会による決議によっても機動的な対応をすることができるとして、上述したように、普通決議による枠決議という形式によって株式の無償交付を行うことができるとしています。これに対しては、かかる形式であっても、機動的な株式の発行が可能になるかという点の当否は問題になるとの指摘がされています。
(2) 有利発行に当たる場合がどの程度あるか
A案又はB案のどちらの案を支持するかのもう一つの分岐点として、有利発行に当たる場合がどの程度あるのかという点の評価の違いが指摘されています。
この点につき、A案を支持する理由として、従業員等に無償交付される株式は、福利厚生といえ、広い意味での「職務執行の対価」であり、会社は、当該従業員等からその価値に見合うだけの便益を得ることができるため、原則として、有利発行に該当することはないと整理できることがあげられています。
しかしながら、これに対しては、広い意味での職務執行の対価といえるとしても、それが過大であれば、有利発行に該当する余地はあるとか、会社が債務を負っていない子会社の役員や使用人に対する株式の無償交付についてもその考え方が妥当するのか(株式の無償交付の対象者の範囲)についてさらに検討を要する、といった点が指摘されています。
(3) 現状の現物出資構成に対する規制をどうするか
現行の会社法下では、従業員等に対する株式の無償交付を正面から認める規定はなく、上場会社の役員を除き、従業員等に対する株式の無償付与は、いわゆる現物出資構成[2]によって行われていますが、この現物出資構成に対しても、従業員等に対する株式の無償交付の考え方の枠組みの規律を及ぼすか否かが検討されています。
この点、仮に、B案を採用し、従業員等に対する株式の無償交付に際し株主総会決議を要件とするものの、現状の現物出資構成については規律を及ぼさないとすると、会社は、株主総会決議の実務負担を踏まえて、現状の現物出資構成を継続することが想定され、検討中の新制度が利用されない可能性が指摘されています。一方で、現物出資構成についても同様の規律を及ぼし、株主総会決議を要件とするとなると、かえって現状よりも実務負担が増加し、現物出資構成による従業員等への株式付与の判断に影響を与えることになり、人材確保や人的投資の戦略に支障をきたす可能性がある点に留意が必要であることが指摘されています。
(4) 子会社の役職員を対象とするか
法制審議会では、実務上、会社とその子会社は一体的に経営されており、子会社の役員及び使用人も株式の無償交付の対象者に含める必要性があるとの意見があったことから、A案・B案とも、子会社の役員及び使用人を対象者に含めることが前提とされたうえで、議論が行われています。
この点については、完全子会社でない子会社については、主要な子会社に限定すべきという意見や、(2)で述べたように、A案を採用した場合に、その有利発行規制の整理が妥当するのかの検討を行う必要があるとの意見があります。
(5) 労働法との関係
労働法においては、「賃金」(労働基準法11条)は、「通貨」で支払わなくてはならないと規定されています(「賃金の通貨払いの原則」)(労働基準法24条)。そこで、従業員等に対する株式の無償交付の検討に当たっては、従業員に無償交付される株式が「賃金」に該当し、賃金の通貨払いの原則に抵触しないのかについて整理が必要です。
この点については、法制審議会の二読においては、厚生労働省と協議中として、議論がペンディングとなっています。今後の「賃金」該当性についての整理のされ方によって、2つの枠組みの考え方にも影響があるものと思われます。
【3】おわりに
実務上、株主総会決議を要するとすれば、それなりに企業の負担になるとも考えられますし、決議取消しのリスクも考える必要が生じます。こうした実務上の観点からすれば、A案の方が望ましいと考える企業もあるように思われます。
一方で、株式の無償交付は株主がコストを負担するものであり、株主の関与を求めるということは理解できること、A案は不当な株式の無償交付がされたときは、役員の善管注意義務違反による責任追及等によって是正ができるとしていますが、現実的に責任追及は難しいのではないかとも思われることからすれば、B案のほうが合理的であると考えることも一理あります。
法制審議会における議論は、A案又はB案を支持する意見がそれぞれ多数だされ、拮抗しています。今後、中間試案が出され、これに対するパブリックコメントが募集される予定 ですが、各方面から、どのような意見が出されるのか注目されます。
[1] 取締役の株式報酬に関する定めである会社法361条1項3号の解釈と同様に、事業年度ごとの上限を定めることも可能であると解することが想定されています。
[2] まず、金銭債権を従業員等に付与したうえで、従業員等に募集株式を割当て、その従業員等に当該金銭債権を現物出資財産として出資させることで株式発行又は自己株式処分を行う技巧的な方法のこと。



