昭和31年に制定された「下請代金支払遅延等防止法」(通称:下請法)は、令和8年(2026年)1月1日の改正法施行に伴い、法律の題名が「製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律」(略称:中小受託取引適正化法、通称:取適法)へと変更されます。
本改正は、近年の急激な労務費、原材料費、エネルギーコストの上昇を受け、事業者が「物価上昇を上回る賃上げ」を実現するための原資を確保することを目的としています。中小企業をはじめとする事業者が賃上げの原資を確保するためには、サプライチェーン全体で適切な価格転嫁を定着させる「構造的な価格転嫁」の実現が不可欠であり、取引の公正化と中小受託事業者の利益保護を図ります。
本法の対象取引となるか否かは、「①取引の内容」と「②規模要件」の組み合わせで判断されます。
これまでの製造委託、修理委託、情報成果物作成委託、役務提供委託に加え、新たに「特定運送委託」が対象取引に追加されました。特定運送委託とは、事業者が業として行う販売、業として請け負う製造等の目的物たる物品について、当該販売等における取引の相手方(当該相手方が指定する者を含む。)に対する運送行為の全部又は一部を他の事業者に委託することを言います。
これまでの「資本金区分」に加え、新たに「従業員基準」が規模要件に追加されました。
委託事業者の「常時使用する従業員」が300人を超え、中小受託事業者の従業員が300人以下(または資本金3億円以下)である場合、法の対象となります。
委託事業者の「常時使用する従業員」が100人を超え、中小受託事業者の従業員が100人以下(または資本金5千万円以下)である場合、法の対象となります。
「常時使用する従業員」とは、その事業者が使用する労働者のうち、日々雇い入れられる者(1か月を超えて引き続き使用される者を除く)以外のものをいい、その事業者の賃金台帳の調製対象となる対象労働者の数によって算定するものとします。従業員基準に該当するかどうかは、継続的な取引の場合であっても、個々の製造委託等をした時点における数によって判断されます。
製造委託の対象となる物品に、従来の「金型」に加え、新たに「木型」「その他の物品の成形用の型」「工作物保持具(治具)」「その他の特殊な工具」が明記されました。
中小受託事業者の給付に関する費用の変動等の事情が生じた場合において、中小受託事業者が代金の額に関する協議を求めたにもかかわらず、当該協議に応じず、又は必要な説明若しくは情報の提供をせず、一方的に代金の額を決定することが禁止されます。これは、従来の「買いたたき」とは異なり、定められた代金の額が通常支払われる対価に比して著しく低いことを要件とせず、交渉プロセスに着目した規制です。
・協議の求めに対し、拒否、無視、又は回答を引き延ばすこと。
・値上げ要請に対し、合理的な範囲を超えて詳細な情報の提示を要請し、それを協議に応じる条件とすること。
・具体的な理由の説明や根拠資料の提供をすることなく、従前の代金の額を据え置くこと。
代金の支払について、「手形を交付すること」並びに「金銭及び手形以外の支払手段(一括決済方式や電子記録債権等)であって当該代金の支払期日までに当該代金の額に相当する額の金銭と引き換えることが困難であるものを使用すること」は、支払遅延に該当することとなりました。
具体的には、満期日が支払期日より後に到来するものについては、委託事業者が割引料等を負担する場合であっても、支払期日に金銭を受領するために中小受託事業者において割引を受ける等の行為を要するときは、金銭による支払と同等の経済的効果が生じるとはいえないことから、禁止されます。
中小受託事業者とあらかじめ契約上合意していた場合であっても、委託事業者が振込手数料を中小受託事業者に負担させ、代金から差し引いて支払うことは「減額」(違反行為)に当たります。現在の取扱いを見直し、中小受託者側に負担させていないかを確認しておく必要があります。
発注内容を記載した書面(旧3条書面)の交付について、これまでは相手方の承諾がなければ電磁的方法(メール等)で提供できませんでした。改正後は相手方の承諾の有無にかかわらず電磁的方法での提供が可能になります。ただし、相手方から書面の交付を求められた場合は、原則として書面を交付する必要があります。
部品等の製造委託に関し、その発注を長期間行わない等の事情があるにもかかわらず、型等の保管費用を支払わず中小受託事業者に保管させることは「不当な経済上の利益の提供要請」に該当します。
遅延利息の対象に「減額」が追加され、代金を不当に減じた場合、起算日から60日を経過した日から実際に支払をする日までの期間について、遅延利息を支払わなければなりません。
A. 製造委託等をした時点における「常時使用する従業員の数」によって判断されます。継続的な取引の場合であっても、同様に個々の製造委託等をした時点を基準として判断され、取引基本契約を締結した時点ではありません。
A. 法的義務まではありませんが、中小受託事業者であるかどうか判別する必要がある場合には、当該相手方に「常時使用する従業員の数」を確認していただくこととなります。
A. 中小受託事業者から書面や口頭で明示的に協議を求める場合のほか、協議を希望する意図が客観的に認められる場合も含まれます。例えば、中小受託事業者が従来の単価を引き上げて計算した見積書等を提示した場合などが想定されます。
A. 運送以外の荷積み、荷下ろし、倉庫内作業等の附帯業務は、「運送」の役務には含まれません。これらの運送の役務以外の役務を無償で提供させることは、「不当な経済上の利益の提供要請」に該当します。
「従業員基準」の追加により、中小受託事業者として保護される取引範囲が広がります。従業員数が増加した場合、新たに委託事業者として、取適法上の義務を負う可能性があります。また、コスト上昇を理由とする価格協議を拒否することができなくなるほか、発荷主として運送会社に直接委託する取引も法の対象となります。
令和8年1月1日の施行に向けて、社内体制の整備が急務となります。