寄付に関する取締役の善管注意義務

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1.会社経営を担う取締役の義務の構造

 株式会社の経営を委ねられた取締役は、会社に対し、善管注意義務(民法644条、会社法330条)及び忠実義務(会社法355条)を負っています。

 両義務の関係については、忠実義務を善管注意義務の一内容と解するのが判例の立場ですが(最大判昭和45年6月24日民集24巻6号625頁・同質説)、いずれの理解に立つとしても、取締役は会社の利益を犠牲にして自己又は第三者の利益を図ってはならないという行為規範が導かれる点に変わりはありません。

(1) 株主利益最大化原則とその射程

 株式会社は、事業活動を通じて利益を獲得し、これを株主に分配することを本質とする営利法人です(会社法105条2項参照)。この営利性から、取締役の善管注意義務の内容は、原則として「株主の共同の利益」を最大化する方向で職務を遂行することにあると解されています(株主利益最大化原則)。

 もっとも、この原則は、取締役のあらゆる個別の経営判断が短期的・直接的に株主利益の増大に結びつくことまでを要求するものではありません。中長期的な企業価値の向上を通じて株主利益に資する判断であれば、取締役の善管注意義務に違反するものではないと解されます。

(2) 寄付行為の許容性 ― 八幡製鉄事件判決の射程

 それでは、取締役が寄付行為を行う場合、どこまでが許容範囲と解されるでしょうか。‍

 株主利益最大化が原則であるとしても、会社は社会的存在として、一定の社会貢献活動を行うことが期待されています。近時は、企業の社会的責任(CSR)やサステナビリティへの要請がこの期待を一層強めています。

 会社による寄付行為の適法性に関するリーディングケースは、八幡製鉄政治献金事件(最大判昭和45年6月24日)です。同判決は、政治献金の文脈において、以下の規範を示しました。

「取締役が会社を代表して政治資金の寄附をなすにあたっては、その会社の規模、経営実績その他社会的経済的地位及び寄付の相手方など諸般の事情を考慮して、合理的な範囲内において、その金額等を決すべきであり、右の範囲を越え、不相応な寄附をなすがごときは取締役の忠実義務に違反するというべきである」

 同判決は政治献金に関する事案ですが、その判示する「合理的な範囲内」の判断枠組みは、一般の寄付行為にも妥当するものとして参照されています。

(3) 寄付行為の許容性を検討する場合の判断要素射程

 寄付行為の許容性を判断する上では、以下のような要素を考慮し、総合的に判断していくこととなります。

① 会社の財務状況
会社の資産規模、収益状況、キャッシュ・フローの状態に照らし、当該寄付が会社の財務基盤を毀損しない範囲内であるか。

② 寄付の目的・相手方の合理性
寄付先の活動内容が、会社の事業との関連性、社会的信用の維持・向上、ステークホルダーとの関係構築等の観点から、合理的に説明可能であるか。

③ 意思決定プロセスの適正性
寄付の決定に際し、取締役個人の私的利益が介在していないか、社内規程に基づく適正な決裁手続を経ているか。

④ 金額の相当性
同業他社の寄付実績や社会通念に照らし、不相応に高額でないか。

 特に、寄付先が取締役個人と関係を有する団体である場合には、利益相反取引規制との関係が問題となり得るため、上記の判断はより慎重に行われる必要があります。

2.利益相反取引規制

(1) 利益相反取引規制の趣旨と類型

 取締役が自己又は第三者のために会社と取引を行う場合、会社の利益を犠牲にして自己(又は第三者)に有利な条件で取引を進める構造的な危険が存在します。会社法は、このような「利益相反取引」を以下の二類型に分けて規制しています(会社法356条1項2号・3号)。

直接取引(2号)
取締役が自己又は第三者のために会社と直接行う取引をいいます。 典型例としては、会社が取締役個人から不動産を購入する場合や、取締役が代表者を務める団体への寄付が挙げられます。

間接取引(3号)
取締役以外の者との取引であるものの、取締役と会社の利益が実質的に相反する取引をいいます。 典型例としては、会社が取締役個人の債務を保証する場合があります。

 いずれの類型においても、取締役は事前に取引の重要な事実を開示した上で、株主総会(取締役会設置会社においては取締役会)の承認を得なければなりません(同条同項柱書、365条1項)。

(2) 任務懈怠の推定

 利益相反取引によって会社に損害が生じた場合、会社法423条3項は、①利益相反取引を行った取締役自身、②会社が当該取引をすることを決定した取締役、③取締役会の承認決議に賛成した取締役の三者について「任務を怠ったものと推定する」と規定しています。

 また、自己のために直接取引をした取締役については、上記の任務懈怠の「推定」に加えて、会社法428条1項により、任務を怠ったことが自己の責めに帰することができない事由によるものであることをもって責任を免れることができない(無過失責任)とされています。

 これらの規定の趣旨は、たとえ取締役会の承認という手続的要件を充たした場合であっても、独立当事者間取引(arm's length transaction)とは構造的に異なるリスクを内包する利益相反取引については、取締役に実質面での慎重な判断を要求する点にあります。

 取締役が423条3項の任務懈怠の推定を覆すためには、当該取引の必要性及び取引条件の公正さが、独立当事者間取引と同等であったことを具体的に立証する必要があります。

(参考)会社法第423条第3項
第356条第1項第2号又は第3号(これらの規定を第419条第2項において準用する場合を含む。)の取引によって株式会社に損害が生じたときは、次に掲げる取締役又は執行役は、その任務を怠ったものと推定する。

一 第356条第1項の取締役又は執行役
二 株式会社が当該取引をすることを決定した取締役又は執行役
三 当該取引に関する取締役会の承認の決議に賛成した取締役

3.寄付が利益相反取引にも該当する場合

 取締役が代表者や役員を務める外部団体への寄付を検討する場合は、どのような規律が適用になるでしょうか。

 この場合、「第三者のためにする直接取引」として利益相反取引規制の対象となり得ます。よって、前記1で述べた寄付の相当性の判断に加え、利益相反取引としての手続的・実体的な適法性が重畳的に求められることになります。

 このような寄付を実施するにあたっては、以下の対応を検討することになるでしょう。

① 重要事実の網羅的な開示と承認取得
取締役会に対し、寄付先と当該取締役の関係、寄付の目的・金額・条件等の重要事実を漏れなく開示した上で承認を得ることが前提条件となります。

② 寄付金額の客観的な相当性確認

寄付金額が、独立当事者間で行われる同種の寄付と比較して相当であることを、客観的資料に基づき確認しておくことが重要です。

③ 特別利害関係取締役の議決排除
承認決議に際し、特別利害関係を有する取締役を議決から排除する手続(会社法369条2項)が適切に行われていることを確認する必要があります。

④ 事後報告の実施
取引後の事後報告(会社法365条2項)を遅滞なく行うことも忘れてはなりません。

<参考裁判例>

静岡地方裁判所令和6年4月25日判決(スルガ銀行事件)

創業家出身者が代表理事を務める美術館に対し、CSR事業の一環として寄付したところ、その寄付金の多くがファミリー企業の借金弁済に充てられていたとして、銀行側が旧経営陣ら7人に総額約26億4400万円の損害賠償を求めた事案。裁判所は、地方銀行が県東部で文化的事業を支援することは「地域社会に対する貢献として社会的に要請される」とし、寄付金の約8割がファミリー企業への融資返済に充てられた点もCSR目的とは「矛盾しない」と判断した上で、本件寄付は「諸般の事情を考慮した場合、合理的な範囲を超えるものと認めることはできない」として、請求を全面的に棄却した。

静岡地方裁判所令和8年3月13日判決(スルガ銀行事件・差し戻し審)

(控訴審の東京高裁は一審判決を取り消して審理を静岡地裁に差し戻し)

差戻審において、裁判所は、寄付金が美術館を経由してファミリー企業に流れ同行への借入金返済に使われたという事実関係を認定した上で、こうした事実を取締役会で開示しなかった旧経営陣の注意義務違反を認め、旧経営陣7人に寄付金全額の約47億6000万円の賠償を命じた。


以 上