上場会社は、会社法に基づく事業報告及び計算書類(以下「事業報告等」といいます。)と金融商品取引法(以下「金商法」といいます。)に基づく有価証券報告書という2つの法定開示書類の作成が要請されています。事業報告等は、株主及び会社債権者に対して会社の状況に関する情報を提供することを目的とし、定時株主総会において株主に報告又は承認を求めるものであり、上場会社は、遅くとも定時株主総会の3週間前までに電子提供措置をとることが要請されています(会社法第325条の3第1項)。
一方、有価証券報告書は、投資家保護の観点から金融商品市場における適正な情報開示を確保するための法定開示書類です。金融商品取引所に上場されている有価証券の発行者は、決算日から3か月以内にこれを内閣総理大臣(実務上はEDINETを通じて)へ提出することが義務付けられています(金商法第24条第1項)。
1で述べたとおり、事業報告等は、遅くとも定時株主総会の3週間前までに電子提供が求められているところ、会社法上、定時株主総会は議決権行使を行う株主の基準日(以下「基準日」といいます。)から3か月以内に開催しなければなりません(会社法第124条2項参照)。そして、多くの上場会社は、定款で、基準日を決算日(事業年度末)と定めているため、たとえば、3月末決算の企業は、定時株主総会を6月中旬から下旬にかけて開催し、その3週間前までに事業報告等の電子提供を行っています。
一方、有価証券報告書については、定時株主総会での承認の必要はなく、有価証券報告書に添付しなければならない事業報告は定時株主総会で承認を受けようとするものでもよいとされているため(開示府令第17条1項1号ロ)、上場会社が定時株主総会の開催前に有価証券報告書の開示を行うことに法的な制約はありません。もっとも、実務では、有価証券報告書の開示を定時株主総会前に行う上場会社は限られ、有価証券報告書に記載される役員報酬や政策保有株式等のガバナンス情報等の株主・投資家がその意思を決定するにあたっての有益な情報が株主総会の時点では開示されていないという状況が生じており、株主・投資家との建設的な対話の観点から課題として指摘されてきました。
こうした状況を踏まえ、2025年3月に、金融担当大臣から全上場会社に対し、株主総会の前日ないし数日前に有価証券報告書を提出することを検討するよう要請がなされました[1]。これを受けて、有価証券報告書を総会前に提出する企業が増加したものの、この要請で最も望ましいと示されている株主総会の3週間以上前に有価証券報告書を提出する会社は少数であり、株主総会の前日又は数日前にとどまっているのが現状です[2]。
有価証券報告書の総会前開示については、それを促進するべく、官民において、法制面・運用面での施策等が講じられています。以下、最近の施策等の動向を述べます。
経済産業省は、2026年5月に、総会前開示のための事業報告等と有価証券報告書の一体開示・一体的開示に企業が取組むことが容易になるよう、2021年に公表した「事業報告等と有価証券報告書の一体的開示FAQ(制度編)」を更新しました。
同FAQでは、「一体的開示」とは、事業報告等と有価証券報告書の作成にあたり、企業が開示書類間の重複や微妙な違いの共通化・合理化をどこまで行うか、開示を同時に行うか否かについての考え方をいい、「一体開示」とは、事業報告等と有価証券報告書を一体の書類として同時に開示を行うことであり、一体開示は、一体的開示の最終形になると整理されています。現行法制度の下でも、会社法と金商法の両方の要請を満たす書類(一体書類)を作成して、事業報告等として株主へ提供し、株主総会で報告し、また、有価証券報告書として提出するという一体開示を行うことは可能であり、その際、「有価証券報告書兼事業報告書」という書類名にすることなどが考えられるとされています。
同FAQにおいては、一体開示のメリットや課題とその対応策[3]、開示スケジュール、会計監査人や監査役等の監査への影響などについて図表を用いてわかりやすく説明がされており、一体開示の検討の際の参考になるものといえます。
2026年7月21日に公表されたコーポレートガバナンス・コード(2026年改訂版)では、有価証券報告書を株主総会前に提出することが、株主総会における権利行使に係る適切な環境整備の重要な例として記載され(原則1-2)、また、その解釈指針として、有価証券報告書には投資家の意思決定に有用かつ信頼性の高い情報が豊富に含まれているため、株主総会開催日の3週間以上前に提出されることが最も望ましく、選択肢として株主総会の開催時期や基準日の後ろ倒し[4]も含めて検討することが考えられる旨が記載されました。
2025年4月から法制審議会会社法制(株式・株主総会等関係)部会において、会社法改正の議論が行われているところ、2026年3月18日に中間試案が公表されました[5]。同中間試案では、「事業報告等及び有価証券報告書の開示の合理化」に関し、次の規律を新設することが提案されています[6]。
① 上場会社が電子提供措置開始日までに事業報告等(計算書類及び事業報告並びに連結計算書類をいう。以下同じ。)の開示事項の全てを記載した有価証券報告書を提出した場合には、事業報告等を作成することを要しない。
② 会計監査人が①の当該有価証券報告書について金商法に基づく監査をした場合には、会社法に基づく会計監査人の監査を行ったものとみなす。
事業報告等と有価証券報告書の一体開示は、開示書類作成の効率化・合理化により、より質の高い開示に人材と時間を活用することが可能となり、投資家との対話が充実することが期待されます。もっとも、上場会社として長年定着した実務慣行を変更するには相応の負担が伴い、変更に伴う運用リスクの最小化も求められると考えられます。会社法改正は現在、中間試案の段階であり、今後も審議が継続される予定ですが、今後の動向も注視したうえで、数年単位のロードマップを描き段階的に移行を進めることも現実的な対応と思われます。
他方、IPO準備中のスタートアップ企業などにおいては、これまでの実務慣行にとらわれることなく、上場準備段階から有価証券報告書の総会前開示を前提としたタイムラインを想定し、試行的に検討しておくことも考えられます。また、総会前開示の円滑な運用の点から、監査法人との監査スケジュールの調整を十分に行う必要があるものと思われます。
以 上
[1] 金融担当大臣「株主総会前の適切な情報提供について(要請)」(令和7年3月28日公表)。
[2] 金融庁が公表している2026年3月期に係る総会前開示の状況に関する資料によれば、3月期決算会社のうち、総会前開示を行っている会社の割合は、88.3%と前期に比して著しく増加しており(2025年3月期は57.7%)、また、3週間以上前に開示した会社も前期に比して増加はしているが、7社にとどまっています(前期は1社)。
[3] 課題としては、①移行コストの追加的発生、②株主総会招集通知発送前の作業負荷増大の懸念、③事業報告の様式変更についての説明の必要性、④定時株主総会の招集通知・添付書類の印刷・発送コストの増加、⑤一体書類の作成・監査に十分な作業期間が確保できない懸念、⑥内部統制報告書の提出期限の早期化に伴う財務報告に係る内部統制監査の評価・報告スケジュールの見直しが挙げられ、それぞれの対応策が記載されています(同FAQ 「1.7 一体開示の課題」(12頁))。
[4] 総会前開示の実現方法として、現行の基準日を決算日とする実務慣行を見直し、基準日を決算日の後に変更して株主総会開催日を後ろ倒しし、有価証券報告書の提出までに十分な期間を設けるという対応を指すものと考えられます。
[5] 法制審議会会社法制(株式・株主総会等関係)部会「会社法制(株式・株主総会等関係)の見直しに関する中間試案」(2026年3月18日公表)。
[6] 同中間試案第3部第3。